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2006年1月30日 (月)

日本人の耳あか

人間の耳あかが、パサパサした「乾型」か、脂肪分でネットリとした「湿型」かを決める遺伝子を、長崎大の研究者らが見つけた。 この遺伝子は、薬剤など化学物質の代謝にかかわっているとみられており、 将来的には耳あかの型で薬の適切な使い方を決められる可能性もあるという。29日付の米科学誌「ネイチャー・ジェネティックス」(電子版) に発表した。
 耳あかの乾湿は遺伝によることが約70年前から分かっていたが、具体的な遺伝子は不明だった。日本人は7割以上が乾型だが、 白人や黒人は97~99%が湿型など、民族で違いが大きいことも知られていた。
 長崎大大学院医歯薬学総合研究科分子医療部門の吉浦孝一郎助教授と新川詔夫(のりお)教授らは、 長崎県在住の日本人126人の耳あかの型を調査した。同時に「ABCC11」と呼ばれる遺伝子の特定の部分が「アデニン」(A) という塩基でできているか、グアニン(G)でできているかを分析した。
 乾型は88人おり、うち87人が、父母の両方から「A」でできた遺伝子を受け継いでいる「AA」型に分類された。湿型は38人で、 全員が父母の片方または両方から「G」を受け継いだ「GA」型か「GG」型だった。
 このため吉浦助教授らは、この遺伝子が耳あかの乾湿を決め、父母のどちらかから「G」を受け継ぐと、 耳の中で脂肪分が分泌されて耳あかが湿型になると結論づけた。
 1人だけ、「GA」なのに乾型の人がいたが、この人の遺伝子は一部が欠けており、脂肪分を分泌する働きが失われていると考えられた。
 さらに詳しく遺伝子を分析し、考古学の研究と合わせると、この遺伝子はもともと「G」型が一般的だったが、 約2万年前にシベリアなど北東アジアに「A」型に突然変異した人が1人現れ、その子孫が世界に広がったことも推測できたという。
 ABCC11遺伝子は、構造から、薬剤などを細胞外に排出する働きがあると推測されている。人為的にこの遺伝子を働かせた細胞は、 抗がん剤の一種などが効きにくくなるとの実験結果もあるという。【高木昭午】     (毎日新聞) - 1月30日 より

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自分と愚息の耳垢は、 「湿型」。父方の祖母が「湿型」。両親は知らない。

シベリアを含む北東アジアに住んでいたモンゴロイドの1人で起こった突然変異が、アジアを中心に広がった。これは、「乾型」 の方が寒冷地に向いていたからなのか。そう考えると、「湿型」のモンゴロイドは南方系?

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2006年1月20日 (金)

乱世のカメラ界

コニカミノルタがカメラから撤退することが明らかになった。
京セラの撤退、ニコンの銀塩部門の縮小、と立て続けに悲しい知らせだ。
そんな中、ツアイスのニコンFマウント用ZFレンズの発表もあった。
こんなにカメラ界に話題が溢れたことは、かつて無かったように思う。まだ、まだ、あっというような話題は続くようやし・・・・・・

京セラの撤退は、マーケティングを誤ったせいだと思う。AF化に乗り遅れ、挽回するため、 マウントまで変えてNシステムを出したものの、値段高いし、フルサイズデジタルは時期尚早、売れなかった。
コンタックスユーザーは、確かにAFは欲しいと思っていたけど、レンズを買い換えてまで、ではなかった。このあたり、 同じ事をしたキヤノンのユーザーとは、ちょっと意識が違った。
また、デジタルなら、手持ちのMFレンズ資産を生かせるデジタルカメラが欲しかった。旧来のMFレンズは、デジタル専用レンズじゃないから、 デジタルカメラには合わんだろ・・・・かもしれないが、デジタルカメラで使ってみると、これが結構いける。ツアイスの性能に感心。
結局、昔コンタックスユーザーが望んだことは、別なカタチ(ツアイスZFレンズ)で結実。

日本では、銀塩カメラ市場はどんどん縮小していくだろうけど、世界ではまだまだ市場が残っている。そんな中、ニコンは、 銀塩部門の縮小を決断した。
今、銀塩支持派は、写真の上手い方々、写真をアートとして捉えているようなコダワリの方々だと思う。こうした銀塩カメラ市場では、 新興コシナなど、ニコンの強力なライバルになっているのかも。

デジタルカメラは、機体の開発に時間と金がかかるのに、利益率は低く、直に旧くなるという、ケータイのような側面を持っていると思う。 メーカーに資力とマーケティング力(合わせて体力)がないと厳しい世界だろう。

結局、京セラはデジタルカメラで戦うだけの体力が無かった。コニカミノルタも。ニコンは、シェア第二位、ユーザーも多いから、 銀塩を整理して何とかキヤノンと戦う決意をした。体力のないオリンパスは、ファーサーズ規格で他社と差別化を狙い、 松下と手を組んで生き残りを図った。やはり体力の無いペンタックスは、サムスンと・・・・吉となるか凶となるか?  ミノルタの資産を引継いだソニーは、もしかしたらダークホース。リコー、カシオはコンデジに特化して・・・・

キヤノンだけの世界にならないことを祈る。

 

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2006年1月13日 (金)

ハッブル宇宙望遠鏡が写したオリオン星雲

NASAのハッブル宇宙望遠鏡のサイトにオリオン星雲の非常に解像度の高い画像が公開されている。

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オリオン座のこの星雲、肉眼でも見えるくらい大きく、写真写りがよろしいため、天体写真の最初の被写体になる。しかし、厚い大気の下、 限界が。その点、宇宙のハッブル宇宙望遠鏡では、大気の影響がないからよく見え、写るねぇ。

こんな、お姿をしていたとは・・・・・・・ 感無量やね。

 

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2006年1月 7日 (土)

七草粥

夕御飯に七草粥を。本来は朝に食すのですが。
お粥の艶やかさに七草の緑が映え、薄塩の素朴な味ながら、美味しかった。

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今日1月7日、中国では「七種菜羹」(7種類の野菜を入れた羹(あつもの))を食べて無病を祈る習慣があった。
同様な習慣は、日本でも古くからあり、『延喜式』にも記載されている。平安時代頃は、1月15日頃に行われ、粥に入れていたのは米・粟・黍・ 稗・みの・胡麻・小豆の七種の穀物で、その後、春先に採れる野菜を入れるようになった。
現在の7種は、1362年頃に書かれた『河海抄』の「芹、なづな、御行、はくべら、仏座、すずな、すずしろ、これぞ七種」が初見とされる。
江戸時代頃には、武家や庶民にも定着し、幕府では公式行事として、将軍以下全ての武士が七種粥を食べる儀礼を行っていた。
七種粥(七草粥)は、元々、邪気を払い万病を除く占いとして食べる呪術的な意味があったそうだが、そのうちに慣習として定着したようだ。
~Wikipediaより~

この七草、ただの野草ではなく、それぞれに薬効がある。
・芹(セリ)        :食欲増進、解熱
・薺(ナズナ)      :止血、解熱

・御行(ハハコグサ)  :鎮咳

・繁縷(ハコベ)     :抗菌、消炎
・仏座(コオニタビラコ):日本では使われていない

菘(カブ)        :胃腸虚弱、ビタミン、 カルシウム豊富
・蘿蔔(ダイコン)    :
胃健、       消化促進

こんなところから、 御節料理で疲れた胃を休め、野菜が乏しい冬場に不足しがちな栄養素を補うという効能もある、 と言われているんかねぇ。

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2006年1月 5日 (木)

12月は20年ぶりの寒さ

12月は20年ぶりの寒さ、 東西日本の平均気温最低 2006年 1月 4日】
 
気象庁は4日、昨年12月の東日本と西日本の各平均気温は観測を始めた1946年以降、過去最低を記録したと発表した。
 北日本と南西諸島の平均気温も低く、全国的に85年以来20年ぶりの寒い1か月間だった。
 気象庁によると、昨年12月の平均気温と、71年以降30年間の平年値とを比べると、東日本はマイナス2・7度、西日本は同2・ 8度で、 いずれも過去最低を記録。北日本も同1・9度、南西諸島も同1・5度と、全国的に「低温」とされる気温だった。
 12月では過去最低の平均気温を記録したのは、栃木県日光市(氷点下5・0度)、長野県軽井沢町(同3・8度)など29地点。 その他の8地点でタイ記録を観測した。また、北陸などで記録的な大雪が降り、新潟県津南町(324センチ)や青森市酸ヶ湯 (295センチ) など106地点で、12月の最大積雪量を更新した。
 気象庁では、記録的な寒さと降雪の原因は、上空約5000メートルに氷点下40度の強い寒気が断続的に流れ込み、 列島全体を覆ったためとみている。

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