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2014年9月 7日 (日)

京都市内局番が3桁になった年

Img_09791

まだ「昭和恩給㈱」の看板が残ってました。
どこかでもう一つ見た記憶がありますが、もう市内には数えるほどでしょう。

こういう古〜い看板に出会うと、時代背景や何時頃付けられたのかすご〜く気になります。
年代を推定するヒントは、昭和恩給㈱、未亡人国債、市内番号が2桁、市電があった時代、等など。

昭和恩給㈱については、ネット検索では何も引っかかりませんでした。

未亡人国債については、1963年10月1日から施行された「戦没者等の妻に対する特別給付金支給法」の第4条によって交付された国債のようです。

京都市内局番については、2桁になったのは1960年代(1964年?)初め。
さらに3桁になったのは、1968年。
この時既に東京、大阪、名古屋は3桁だったので、京都市も遅れて大都会入りしたんでしょうかねぇ。

市電が廃止されたのは1978年。
市内局番が3桁になった年の方が、市電廃止より早かったから、市電電停は参考にならへんかたったですなw

こうしてみると、この看板は1964年〜1968年に設置されたものなのでしょうねぇ。

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コメント

京都075地域の市内局番が2桁になったのは1963年2月5日でした
(一部地域は1958年8月20日から先行)。

京都075の市内局番は1968年2月25日に3桁化されました。
洛北山地は07599#でしたが、1974年11月15日に自動化で075へ変更されました。

投稿: 宮原 | 2015年6月 7日 (日) 11:39

そうでしたか。
貴重な情報をありがとうございました m(_ _)m

投稿: | 2015年6月13日 (土) 22:39

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